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ある問答

「君は宗教のことをどのように考えてるんだい?」

「僕の中で宗教とは、一言で言えば思い込みの産物かと。」

「と、いうと?」

「はい。まず単純な話、私は神や仏といった類の存在を信じない、いわゆる無神論者です。宗教という実体も見えないような、雲を掴むような存在を到底信じることはできません。そんな僕が、もしその存在を認める余地があるとすれば、それは、思い込みに他ならないと考えるからです。」

「なるほど。しかしね、世の中には実際に宗教をやってる人がいて、すごい幸せになったり、有名になったりした人がいるよ。」

「人の思い込みというのは実際すごいものがあると、研究やTVなどで、きいています。ならば、宗教レベルの、それこそ信仰深い人の思い込みだったら・・・・何かしらの変化もあるでしょう。ただ、私はそこまで信じられませんが・・」

「そうか、では君は宗教というものを部分的には認めてるわけなんだね。」

「・・・そうかもしれません。それに世界的に見れば、信仰していない人の方が、おかしいと思われるような状態ですから。僕も宗教を否定する気はありません。」

「では、他に宗教というもので君が認めてるところは?」

「私のもうひとつの考えとして、信仰する人に、宗教はある一定の生きる道、というのを、示す役割を担っている、というのがあります。それはその宗教の教義であったり、規則であったり、そういう教えに沿って生きることは、どう生きていいかわからない人にとっては、大変有意な道しるべとなっているはずです。言ってみれば、怪我して歩けない、前に進めない人が、松葉杖という教えに、体を支えてもらって、歩き出すといったとこでしょうか。まぁ、結局歩くのは自分ですが」


「そうだね。要はその教えを受け取った本人がどうとらえるかだからね。」



「それにあと、宗教として広まる以上、倫理に反するような教えは、あまりないと思うんです。だから、そういう宗教を信仰する人は、犯罪とか犯さないんじゃないかと。物取りとか人殺しとか・・・それで、少しでも世の中が平和になっている限り、僕は宗教を悪いとは言えません。でも、以上のことの大前提としてあるのは、その宗教が、オカルト等のまがいもの、一部の権力者の私利私欲を満たすためのものではないということ、信者が教えを誤って解釈していないということがあります。宗教のしがらみによって戦争してる国とかもありますし・・・一概に言えません。」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「遅くまで有り難う。これで、質問は終わりです。何か最後に言っておきたいこととかある?」


「はい。色々宗教に関しての考えを、今まで述べてきましたけど、それでも私は、宗教というのに少なからず抵抗があるということです。以前、私の知人に信仰している人がいまして、その人に聞くとこう言われました。『まずは信じることだよ』って。

当然なことかもしれません。宗教なんて抽象的なものをやろうとするんですから。







でも、それって僕には、『思い込め』って言ってるようにしか聞こえないんですよ。」




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コメント

そのとおりだと思うよ

神がいることの証明より、神がいないことの証明のほうが難しいんだよな。

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